オーストラリアの山奥でヒッピーになった話するよ#004

 

オーストラリア、ニンビン

パーマカルチャーという生活様式が根付く村。この村の山奥に住むヒッピーファミリーの家に滞在した時のはなし。

 

#001~#003はこちら↓

noraranorara.hatenablog.com

noraranorara.hatenablog.com

noraranorara.hatenablog.com

 

 

 

朝起きたら足の指の間に2匹、ふくらはぎに1匹。

腕からは少しだけ血が流れてる。

 

家からトイレ、往復徒歩1分の間に4〜10匹。

 

いつの間にか髪の毛にぶらさがってるのが3匹。

 

サラダを自分のお皿にとりわけようと伸ばした腕に1匹。

さっきコップを持った時にはいなかったのに。

 

  

ヒル。

気がつけばそこにいる。

気がつかなくてもそこにいる。

空気かってぐらい。

たぶんここに住んでいるお母さんたちにとっては、空気と同じぐらいそこにあるのが当たり前なんだろう。

 

 

 

2日目。

もう泣かなくなったけど、やっぱり叫んでしまう。

 

3日目。

涙も叫び声も出なくなった。

ただ、見つけた瞬間に心臓は跳ね上がり、息を飲むような反応はある。

 

4日目。

涙、叫び、なし。呼吸の乱れなし。少し深呼吸をしたら、落ち着いて剥がせるようになった。

 

5日目。

気持ち悪いけど、好きにはなれないけど、恐怖はなくなった。彼らはただ血を吸うだけ。それ以外に害はない。もう好きなだけ血を吸えば良い。わたしも覚悟を決めるから、あなたも覚悟を決めておとなしく剥がされるのよ。

大丈夫。わたしはここで生きていける。

 

 

 

 

わたしは彼らが怖かった。気持ち悪かった。

気持ち悪さに関しては、わたし達人間とは見た目も動きもかけ離れているしある程度は仕方ないかなって思う。ただ、この恐怖はどこから来ていたのか。

 

 

そもそも恐怖ってなんだ

過剰な想像力が生み出した幻想だ。

何だかよくわからない未知の生物に寝ている間に体中の血を吸い尽くされて、わたしの命が絶えないように。血と一緒に血管ごと、血管につられて内臓もぜんぶ吸いとられて、わたしがからっぽになってしまわないように。

実際にはまだ起きていない事を想像して、この先にあるかも知れない危険から自分を守るための行きすぎた愛情。

 

泣き叫ぶのは不安の表れ。行きすぎた愛情が作り出した恐怖に怯えて、不安で不安でどうしようもなくて、泣き叫ぶ。

 

 

この不安から抜け出すには?

簡単だ。恐怖のもとを断てば良い。ここで言う恐怖のもとは、ヒルだ。肌の上に彼らを確認したらただ引き剥がす。それだけで解決。

 

なのに、どうしてできないのか。

それは恐怖に向き合って、自らの手で引き剥がすよりも、不安の中で泣いてたほうがラクだから。

 

腕に吸いついたヒルを見ながら叫ぶのは簡単。

もう片方の手で自ら奴に触れて引き剥がすってなると、よし!触るぞぉー!って

覚悟を決めて、勇気を振り絞って行動を起こさなきゃいけない。

一瞬のことだけど、泣くより叫ぶより難しい。

 

 

現状をかえたいのなら覚悟を決めよう。

恐怖と向き合う勇気をだそう。

 

 

 

 

 

ヒルへの恐怖が薄まりつつあったその日の夜、

お母さんの口から聞かされる衝撃の事実。

 

 

 

ねえ、はるか、

実は今週末に大事なゲストが来る事になったのよ。その為に部屋を空けなきゃいけなくて。急で申し訳ないんだけど、明日出て行ってくれないかしら?

 

 

 

ちょっとだけ、ホッとした。

ちょっとだけ、寂しくなった。

実はこれがバックパッカースタイルでは初めてのひとり旅。

こういう展開、欲しかったのよ!

好奇心が不安を押しのけて、胸が高鳴った。

 

 どうするのわたし。明日から。

 

 

f:id:noraranorara:20160723184317j:plain

ニンビンの山奥で。枯れた木の躍動感が好き。

 

 

 

#005へつづくよーヽ(´▽`)ノ